シリーズ「親日国」 —トルコ—

トルコはアジアなのかヨーロッパなのか、EU加盟を目指しているのであれば、
加盟後はヨーロッパなのか、そんな文化の交差点とも言えるトルコですが、
意外と日本との接点がある国として知られています。
その中でも有名な話が、エルトゥールル号とトルコ航空の逸話です。
時は1985年イラン・イラク戦争の真っ只中、突然当時の大統領フセインは、
イラン上空を飛ぶ飛行機を全て打ち落とすとの声明を発します。
イランに滞在している外国人はパニックに陥ります。
欧米人は定期便も多く自国から派遣された飛行機に乗り帰国しましたが、
日本政府は、航空機派遣の調整ができず、日本人約200名は取り残される
危機を迎えていました。
その時、航空機を派遣すると言った国がありました。トルコです。
なんと、全く日本と関係の無いと思われるトルコ航空の2機が、
テヘランへ日本人を救出するために飛んだのです。
当時テヘラン上空は戦争状態にもあり、撃墜猶予期間とはいえ、
どんな危険があるか分からないのです。
さらに、機材トラブル等により再離陸が遅れれば
取り残されることも考えられるでしょう。
当時のパイロットは、現在でもこう語っています。
「このようなミッションがあればいつでも飛ぶ準備があると」
なぜか?トルコ人にはこんな隠された記憶があるそうです。
時は明治23年までさかのぼります。トルコは皇帝親書を明治天皇に渡す為に
親善訪問に来日しましたが、帰途の途中、和歌山沖で台風にあい
軍艦エルトゥールル号は沈没。587名が亡くなるも69名が生存。
その時、流れ着いた生存者を手厚く看病したのが、和歌山県大島村の村民で、
ただでさえ食料が尽き気味の台風シーズンというのに、非常用の鶏を殺して
差し出したり献身的な看病をしたとされています。
生存者は日本の軍艦でトルコへ送り届けられました。
また、日露戦争の勝利も、ロシアの脅威におびえていたトルコ人を勇気付けたと
言われています。街には、日本由来の通りや姓名を名乗った人もいるそうです。
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